高エネルギー加速器科学研究奨励会

褒賞 - 平成26年度選考結果

2014表彰式
平成27年2月17日に表彰式がアルカディア市ヶ谷にて開催されました。


西川賞

    

該当なし

    

小柴賞

    

西口 創(高エネルギー加速器研究機構)
「ミューオン稀崩壊実験のための極低物質量ワイヤー飛跡検出器の開発」

         

諏訪賞

    

コンパクトERL加速器建設チーム 代表: 河田 洋氏(高エネルギー加速器研究機構)
「エネルギー回収型リニアックの基幹技術確立をめざした試験加速器の建設とビーム加速による性能の実証実験」

   

熊谷賞

    

齋藤 章氏(元株式会社日立製作所)
「大型ヘリウム冷凍機をはじめとする極低温機器の製造並びに運転・制御システムに関する技術的貢献」


選考理由一覧

小柴賞受賞者: 西口 創氏
研究題目「ミューオン稀崩壊実験のための極低物質量ワイヤー飛跡検出器の開発」
 
選考理由:
選考の対象となった西口氏の開発研究は、スイスPSI研究所におけるMEG実験のための陽電子トラッキングシステムに関わるものである。MEG実験はミューオンが陽電子とガンマ線へ崩壊する(->e)レプトン数非保存過程の探索を、世界最高感度で行っている実験であり、日本グループが大きな貢献を果たしている。実験は現在もその感度の改善がすすめられており、標準理論を超える物理の探求を精力的に展開中である。  このMEG実験の高感度測定を支えている要素は三つあり、一つはPSIの世界最大強度のミューオンビームであり、二つ目には低エネルギーガンマ線を高精度に測定する液体キセノン検出器である。そしてもう一つの重要なキーデバイスは、崩壊陽電子を測る電磁スペクトロメータと言える。今回の西口氏の開発研究はこの陽電子スペクトロメータに関するものである。過去、MEG実験の測定器システムからは、液体キセノン検出器とスペクトロメータ電磁石COBRAの開発に対して、それぞれ小柴賞が授与されている。  MEG実験が探る崩壊では、陽電子の運動量は50MeV/c程度と素粒子実験としては極めて低く、そのトラッキングを行う検出器は極低物質量であることが求められる。これに加えてトラッキング装置が、高精度ガンマ線検出器である液体キセノン検出器の前面を遮る配置となるため、いっそうの低物質量化が求められる。西口氏は実験からのこの厳しい要請に応えて、巧妙なワイヤー支持構造(open frame geometry)を持つドリフトチェンバーをきわめて薄い蒸着フィルム(12.5厚)カソードを組み合わせて作り上げた。これにより陽電子トラックに進行方向への物質量は0.2%*X0という極限ともいえる低物質量化に成功した。さらに抵抗性アノードワイヤによる電荷分割の情報と、カソード電極に形成されたウェッジシェープを繰り返すヴァーニアパッドによる電荷分割情報を組み合わせるという、独創的なアイディアにより、通常の2次元位置測定では到達できない優れた測定精度を実現している。薄膜のカソードによる隔壁のため、チェンバー内のガス圧の制御もきわめてデリケートなものが要求され、そのために設計されたガス分配システムも開発され、最終的に0.2x10-5 barの精度での圧力コントロールを達成している。  こうした非凡なアイディアと優れたエンジニアリングの集積の結実した開発研究成果が、MEG実験の世界最高感度での->e過程の探索(現在5.7x10-13の分岐比に到達)を可能としたといえる。またこうした開発の技術内容は、European Physical Journal Cにきちんとまとめられている。  以上のような検討をふまえて、本選考委員会は、西口創氏の今回の開発研究を 小柴賞に値すると判断する。  


諏訪賞受賞者: コンパクトERL加速器建設チーム 代表: 河田 洋氏(高エネルギー加速器研究機構)
研究題目「エネルギー回収型リニアックの基幹技術確立をめざした試験加速器の建設とビーム加速による性能の実証実験」
 
選考理由:
本件はERL(Energy Recovery Linac)の試験機であるcERL(compact-ERL)の建設とビーム加速による性能実証に対して授賞するものである。ERLには、小さな円形加速器では達成が困難な高エネルギー極小エミッタンスビーム、一般の直線加速器にない省エネルギー性、低エネルギービームダンプによる加速器放射化の低減などの特長があり、将来の電子加速器および放射光源として嘱望されている。しかし、その実現には、いくつかの基幹技術の研究開発とそれらを組み合わせた総合的な加速器技術の確立が不可欠である。具体的には、低エミッタンスビームを発生させるための直流型光陰極電子銃、CW運転のための超伝導加速空洞、安定なビームを実現するためのビームダイナミクスと高精度な高周波技術などがあげられ、そのためには、しっかりとした推進組織と研究開発のためのリソース(インフラ、予算、人材)、他部局・他機関との連携協力や十分な開発期間が必要である。世界的に見ると、コーネル大学、ダルスベリー研究所などでERLの開発研究が行われているが、加減速周回部を含む総合的な試験機を開発して実証実験に成功した例はまだない。 KEKでは河田洋教授をリーダーとするERL計画推進室が2007年度に設計研究書をまとめ、上述の技術開発研究を目的としてエネルギー35 MeV、平均電流10 mA、規格化エミッタンス1 mを目標値とする試験機cERLを建設・整備した。開発研究においては、加速器第7研究系を中心とする加速器研究施設、日本原子力研究開発機構、広島大学、総合研究大学院大学などが協力し、建設は2013年11月に完了した。その後、12月から今年6月まで試運転が行われ、12月の試運転直後に周回部を含めたCWでのエネルギー回収総合運転に世界で初めて成功した。現在までに達成された主な結果は以下のようなものである。電子銃としては超低エミッタンスビームに期待される直流500 kVの印加に世界で初めて成功し、入射器は5 MeV、バンチ電荷7.7 pC(1300 MHzのCW運転で10 mAに相当)で規格化エミッタンス1 m以下を得ている。また、放射線認可申請の条件を段階的に増加させる方針に従って、現在、加速電流は10 A以下に抑えられているが、最初の試験運転で確かめられたcERLの性能は、電流増強による最終目標の達成を妨げるものではないことを示している。例えば、高周波空洞の電圧と位相の安定度はそれぞれ、cERLで0.1%と0.01°、ERLで0.01%と0.01°程度必要とされるが、高周波源単独としては環境温度一定の条件のもと既にERLレベルを達成しており、ビーム試験においても、実際のビームの揺らぎから加速空洞を含めた高周波システムとして0.02%、0.02°を達成していることが確かめられた。また、平均電流が数Aと小さい条件下ではあるが、加速ビームの規格化エミッタンスは垂直水平ともに0.14±0.01 mであり、エミッタンスを増加させることなくビーム輸送できたことが報告されている。 これらの成果はERLの研究開発と実現に大きな一歩を印したものであり、この機に河田洋教授と研究開発チームに諏訪賞を授与することは極めて意義あるものと考える。  

 

熊谷賞候受賞者:齋藤 章氏(元株式会社日立製作所)
研究題目「大型ヘリウム冷凍機をはじめとする極低温機器の製造並びに運転・制御システムに関する技術的貢献」
 
選考理由:
TRISTANに代表される大型の電子・陽電子衝突型加速器を用いた高エネルギー実験では、高いルミノシティーを実現するために、大電流ビームを安定に蓄積する事が不可欠で、そのために多数の超伝導加速空洞が必要となる。さらに衝突点近傍ではビーム収束と衝突後の反応粒子を捕獲する高精度な超伝導電磁石が必須である。これらリング上の広範囲に分散した超伝導機器に、長期間に渡って安定に液体ヘリウムを供給するシステムの構築が不可欠となっていた。 これら超伝導機器の実用化に対応するために、日立製作所は、斉藤章氏を中心に、大型のヘリウム冷凍機の開発と大規模な液体ヘリウム供給システムの構築、およびそれらを安定に運転する制御システムの開発を進めた。1988年、完成した冷凍機システムはTRISTANに導入され、KEK-Bの運転が停止するまでの20年間に渡って安定に液体ヘリウムを供給し、小林・益川両氏のノーベル賞に繋がる電子・陽電子衝突実験に大きく貢献した。 斉藤章氏は、この加速器用大型ヘリウム冷凍機システムの開発を、当初から信頼性と安定性の確保を最優先とした設計理念の下で、内作を基本とした要素機器の開発を主導し、信頼性の高い安定な機器の開発を実現した。さらに、運転時において、効率的な保守・維持を可能とする人材の育成と運転体制の構築に尽力したことで、より長期間に渡って信頼性の高いシステムが実現した。 以上、斉藤章氏の長年にわたる大型ヘリウム冷凍機システムの開発は、高エネルギー電子・陽電子衝突型加速器の安定運転に大きく貢献すると共に高エネルギー物理の進展に大きく貢献した顕著な業績で、熊谷賞に相応しいと判断する。

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